職場において、優秀で責任感の強い社員ほど、実は内面で大きな葛藤を抱えていることがあります。特に「人との関係性において、深く関わることへの恐れ」を持つ方は、表面的には問題なく業務をこなしているように見えても、本質的な課題を抱えている可能性があります。
組織での影響
プレーヤーレベルでの影響
このような悩みを持つプレーヤーは、以下のような行動パターンを示すことがあります。
報告・連絡・相談のタイミングが遅れがちになる傾向があります。「相手に負担をかけるかもしれない」という思いから、本当に困った時でも一人で抱え込んでしまうのです。チームでの意見交換の場面でも、自分の考えを積極的に発言することを避け、周りの意見に合わせることを選択しがちです。
また、クライアントや同僚との関係構築において、必要以上に距離を保とうとするため、本来なら深いヒアリングで得られるはずの重要な情報を見逃してしまうことも少なくありません。結果として、表面的な対応に留まり、根本的な問題解決に至らないケースが発生します。
管理職レベルでの影響
管理職になると、この問題はより複雑な形で現れます。
部下との面談や評価の場面で、本音での対話を避けてしまい、当たり障りのないフィードバックに終始してしまいます。部下の成長に必要な厳しい指摘や、深い関係性に基づく指導ができないため、チーム全体のパフォーマンス向上が停滞する原因となります。
上司や経営陣との関係においても、現場の実情や課題を正確に伝えることができず、組織の意思決定に必要な情報が上がってこないという問題も生じます。「波風を立てたくない」「期待を裏切りたくない」という思いが強すぎるため、重要な提案や改善案を躊躇してしまうのです。
認知の偏りのパターン

このような状況にある方は、以下のような認知の偏りを持っていることが多く見受けられます。
「本音を言ったら相手を困らせてしまう」という思い込みから、自分の意見や要望を伝えることに強い抵抗を感じています。また、「期待に応えられない自分は価値がない」という信念により、完璧を求めすぎて疲弊してしまったり、小さな失敗でも過度に自分を責めてしまう傾向があります。
さらに、「感情を出すのは良くないこと」という価値観から、職場での人間関係を機械的に捉えてしまい、感情面でのつながりを築くことを避けてしまいます。これらの認知パターンは、一見すると「真面目で協調性がある」と評価されることもありますが、長期的には本人にとっても組織にとってもマイナスの影響を与えることになります。
認知の偏りを解消することで起こる職場での変化
認知行動療法によるアプローチで、これらの思い込みを修正していくと、職場での行動や成果に大きな変化が現れます。
まず、報告・連絡・相談のタイミングが適切になり、問題の早期発見と解決が可能になります。自分の意見を適切に伝えられるようになることで、チーム内での建設的な議論が増え、より良いアイデアや解決策が生まれやすくなります。
管理職の場合、部下との信頼関係が深まり、本音でのコミュニケーションができるようになります。その結果、部下のモチベーション向上や能力開発が促進され、チーム全体のパフォーマンスが向上します。また、上司や経営陣に対しても、現場の実情を正確に伝えられるようになり、組織の意思決定の質が向上します。
何より重要なのは、仕事に対する取り組み方自体が変わることです。「失敗を恐れて挑戦を避ける」から「適切なリスクを取って成長する」へ、「一人で抱え込む」から「チームで協力して解決する」へと行動パターンが変化します。
組織への波及効果
個人の認知の偏りが解消されると、その効果は組織全体に波及します。心理的安全性の高い職場環境が形成され、社員一人ひとりが能力を最大限に発揮できるようになります。離職率の低下、生産性の向上、そして持続可能な組織成長につながる土台が築かれるのです。
多くの企業が技術革新や業務効率化に注力する中、実は最も重要なのは「人」の内面的な成長かもしれません。認知の偏りという見えない課題に向き合うことで、真の組織力向上を実現できるのです。
管理者向けの具体策部分を追記いたします。
管理者が今日から実践できる具体的アプローチ

1. 部下の「隠れたサイン」を見逃さないチェックポイント
日常業務の中で、以下のような行動パターンが見られる部下がいないか観察してみてください。
会議で発言を求められた時に「皆さんと同じ意見です」と答えることが多い、締切に余裕があるはずの業務でも直前まで進捗報告をしない、個人面談で「特に困ったことはありません」と答えるが表情が硬い、といった特徴です。
また、チームでのランチや懇親会などインフォーマルな場への参加を避けがち、他部署との連携が必要な業務で調整に時間がかかる、クライアントからの評価は悪くないが深い信頼関係の構築まで至らない、などの傾向も重要なサインとなります。
これらは決して「問題社員」ではなく、むしろ真面目で責任感の強い社員に多く見られるパターンです。
2. 心理的安全性を高める日常の声かけテクニック
部下との関係性を深めるために、以下のような声かけを意識的に行ってみてください。
「完璧じゃなくても大丈夫だから、途中経過を教えて」「君の率直な意見を聞かせてほしい」「失敗しても一緒に考えるから安心して」といった、プロセスを重視する言葉がけが効果的です。
また、「どんな小さなことでも相談してくれて構わない」「意見が違っても全然問題ない」「むしろ違う視点があると助かる」など、多様性を歓迎する姿勢を明確に示すことも重要です。
特に重要なのは、部下が勇気を出して相談や提案をしてきた時の反応です。内容の良し悪しに関わらず、まずは「話してくれてありがとう」と伝え、その行動自体を評価することから始めましょう。
3. 1on1面談での効果的な質問法
従来の業務進捗確認中心の面談から、部下の内面に寄り添う質問へシフトしてみてください。
「最近、仕事で一番やりがいを感じたのはどんな時?」「チームの中で、もっとこうだったらいいなと思うことはある?」「今の業務で、自分らしさを発揮できていると感じる場面は?」といった、感情や価値観に触れる質問が有効です。
また、「もし今の立場を気にしなくていいとしたら、どんな意見を言いたい?」「理想的な職場環境って、どんな感じだと思う?」など、制約を外した状態での本音を引き出す質問も効果的です。
重要なのは、答えに対して評価や解決策の提示を急がず、まずは「そう感じているんだね」と受け止める姿勢です。
4. チーム全体の認知を変える仕組みづくり
個人レベルのアプローチと並行して、チーム全体の文化を変える取り組みも必要です。
会議の冒頭で「今日は全員から必ず一言ずつ意見をもらいます」と宣言し、発言しやすい環境を作る、失敗事例を共有する時間を設け、「失敗から学ぶ文化」を醸成する、などの仕組みが効果的です。
また、「今月のグッドチャレンジ賞」として、結果よりも挑戦したプロセスを評価する制度を導入したり、他部署との連携がうまくいった事例をチーム内で共有する時間を作ったりすることも有効です。
5. 管理職自身のモデリング行動
部下の行動変容を促すには、まず管理職自身が変化のモデルを示すことが重要です。
自分から「実は最初はこのプロジェクト、うまくいかないかもと不安だった」「上司に相談するのに勇気がいったけど、話してよかった」など、自分の弱さや迷いを適度に開示してください。
また、部下からの提案や意見に対して、たとえ採用できない場合でも「貴重な視点をありがとう。この部分は特に参考になった」と具体的にフィードバックし、発言すること自体の価値を示しましょう。
トラブル時や、深刻な場合は専門家の介入も
これらの日常的なアプローチに加えて、より根本的な解決を図りたい場合は、専門的な心理療法の活用も効果的です。
当協会の認知行動療法をベースにしたリカバリーセラピーでは、「ありのままの自分では受け入れられない」という深層の思い込みから段階的にアプローチしていきます。単なるコミュニケーションスキルの向上ではなく、認知の偏りそのものを修正することで、持続的な行動変容を実現します。
特に管理職の方が自らリカバリーセラピーを体験することで、部下の心理状態への理解が深まり、より効果的なマネジメントが可能になります。また、組織として導入する場合は、管理職研修の一環として位置づけることで、職場全体の心理的安全性向上につながります。
リカバリーセラピーでは、個人の認知パターンを詳細に分析し、その人特有の思い込みや感情反応のメカニズムを明らかにします。そのうえで、段階的に新しい認知パターンを構築し、職場での具体的な行動変容まで支援していきます。
多くの場合、数回のセッションで部下との関係性に変化を実感でき、6ヶ月程度でチーム全体のパフォーマンス向上を確認できます。
管理職としてのスキル向上と、組織の持続的成長の両方を実現したい方は、ぜひ一度ご相談ください。認知の偏りを解消することで、あなた自身も、そしてチーム全体も、本来の力を発揮できるようになるはずです。
最後に
優秀で真面目な社員ほど、実は深い部分で「人との関わりへの恐れ」を抱えているという現実。これは決して珍しいことではありません。
多くの管理職の方が「なぜあの部下は相談してこないのか」「どうして本音を言ってくれないのか」と悩まれていますが、その背景には、本人も気づいていない認知の偏りが隠れていることがほとんどです。
表面的なコミュニケーション研修やスキルアップだけでは、なかなか根本解決に至らないのは、この深層にある思い込みに触れていないからなのです。
しかし、諦める必要はありません。認知の偏りは、適切なアプローチによって必ず変化させることができます。そして、一人の社員の認知が変わることで、チーム全体、ひいては組織全体にポジティブな波及効果をもたらすことは、私たちが数多くの事例で確認してきました。
大切なのは、「問題がある社員」ではなく「可能性を秘めた社員」として捉える視点の転換です。その人が持つ責任感の強さや思いやりの深さは、認知の偏りが解消されれば、組織にとって大きな資産となるのです。
管理職であるあなた自身が、まず「人は変われる」「認知は修正できる」という希望を持つこと。そして、部下一人ひとりの内面に寄り添い、その人らしい力を引き出そうとする姿勢を示すこと。それが、すべての変化の出発点となります。
今日からできる小さな声かけの変化が、半年後、一年後の組織の姿を大きく変えていくことでしょう。あなたのチームメンバーが、本来持っている素晴らしい能力を存分に発揮できる職場を、一緒に創っていきませんか。
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